2010年5月 8日 (土)

アラバキロックフェスティバル

さて。5月の連休は何をしていたかというと、アラバキロックフェスへ行って来た。
ちなみに、わたしは仙台に引っ越して来て4年目になるが初参戦である。

最初に少々イベントの説明をしよう。
アラバキロックフェスティバル(荒吐と漢字で表記する場合も多い。ポスターなどは漢字表記)は、東北最大の野外ロックフェスである。
今年は仙台市からほど近い宮城県柴田郡川崎町の「エコキャンプみちのく」で開催された(2005年より、毎年この会場で行っているようである)。
わたしは初めて行った場所であったのだが、ここはとにかく広大で、いや〜歩く歩く。すんごい歩いた。

夫と二人で行ったのだが、駐車場に車を止めたところまではいいが、広過ぎてどこでやってるのかさっぱりわからない。とにかく二人、無言で歩いた。

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こんな感じの風景が続く。遠くに見えるのがキャンプサイト。どこかで音が鳴っているのが聞こえるので、そちらへ行って見る。

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キャンプサイトの中に入り込んだ。昼過ぎに到着したのだが、このあたりではまだ人が寝ていたりもしている様子で(きっと昨夜、盛り上がりすぎたのであろう)誰もいないと思っているといきなりのそっと人がテントから眠そうな顔で出て来て驚いたりもした。ちなみに、とっくにフェス2日目は始まっている。

そうそう、なぜみんながテントを張っているのかというと。
このイベントは5月1、2日と、2日間に渡って行われたのだが、わたしが参加したのは2日目のほうのみである。
しかし実際は、こういったフェスは泊まりがけで2日間とも参加する人がけっこういる。
なので、通し券を買って連日参加する場合、キャンプサイト券を買って(確か4000円?)この場に泊まってしまうことができるのだ。これがむしろこういったフェスの醍醐味で、みんな楽しそうにキャンプを張っていた。ちょっとうらやましかった.....
ただ、仙台の5月はまだ寒いのが難点か.....特にここ「エコキャンプみちのく」は仙台市内よりもずっと冷えるはずなので、防寒具や暖かい寝袋はおそらく必須だったのではと思う。

ようやくフェス会場が見えて来る。入り口で渡されたパンフレットをチェックしたところ、ここは「BAN-ETU」という会場のようだ。

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ちょうどやっていたのは「THE BAWDIES」というバンド。
お腹が空いていたので、この会場の周囲で「バリ風」のぶっかけ麺のようなものと、マンゴーのジュース、鳥皮ギョーザなど買って食べ、さっそく前の方へ。
あ、ちなみにわたしはこういうとき後ろで大人しく見てるタイプではない。せっかく行くのなら前のほうへ行き、みんなが踊っているところで一緒に踊ることが多い。踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らなにゃソンソン、である。ダイエットにもなるし。
このバンドは初めてみたがなかなかノリが良く楽しかった。

ちなみに、冷静になってパンフレットを見ると、お目当てだったZAZENBOYSのライブはとっくに終っていた。さすが、わたし。チェックして来いよ。っていうかもっと早く来いよ。
出足の遅い夫婦である。

今回実は、1日目のほうが、見たいバンドが揃っていた。しかし、諸事情あって2日目に変更していたのである。なので実は、2日目のバンドはあまり知っているのが無かった.....しかし、こういったイベントは事前チェックを怠ってしまうと大変な事になる場合が多い。
夫は直前まで仕事でばたばたしていたため、全く当てにならないことがわかっていたので、わたしは「見たいバンド」をチェックしていた。
とはいっても、ユウチューブで見て、バンドリストに丸印をつけていた程度であるが....しかしやはりこれが、かなり役に立った。

こういったロックフェスではステージがいくつかに別れていて、会場と会場がけっこう離れていたりするものだが、アラバキももちろんそうで会場同士はかなり離れているので、移動時間を考慮して見るべきライブをチェックしておいたほうがいいかもしれない。

「THE BAWDIES」のライブが終わって、わたしと夫はぼそぼそと話し合った。

「どうするこれから〜」
「このあとラブサイケデリコだよ」
「混みそうだな。別にいいんじゃね?」
「うん、それじゃあさ〜このあと『the band apart』っていうの見に行こうよ」
「あーいいよ。会場も、こっからそんなに遠く無いみたいだしな」

なんだかいまいちやる気のない会話のようだが、これでけっこうわたしたちは楽しんでいるのだ。
で、次の会場「HANAGASA」へ向う。
ここは、大テントの会場だった。

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中に入ると、ちょうど始まる前の音合わせをしていて、期待が高まった。
で、始まって。すごく良かった。

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会場を出ると、「どうする〜」「メイン会場行く〜?」などと言い合いながら歩いた。昼ご飯はいちおう食べたのだが、量が少なかったせいか小腹が減り、
「そろそろビール飲みたくなった」
とわたしが言い出したせいもあって、結局どこの会場にも行き着かず、途中で休む事に。

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ようやくビールにありつく。切り株をテーブルに、持って来たレジャーシートを敷いて一休み。
ちなみにこういうフェスではレジャーシートは必須である、と思う。あったほうがいいですよみなさん。
夫は運転があるので、飲んだのはわたしだけ。こういう意味でも、どうせなら通し券を買って泊まり込んだほうがいいのかもしれない。

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シートを敷いたところから見えた風景。釜房湖が見える。のんびりとした光景。
誰かのレジャーシートが写真に写り込んでいるが、実はこのあたりはみんながレジャーシートを広げまくっていて、仕方なしに写ってしまった....という感じだ。

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夫が、「寝たい」と言い出し、レジャーシートを持って移動。

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ほんとに寝る夫。

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あちこちにいる一休みする人たち。
わたしは切り株のそばに折りたたみ椅子を出し、ビールを飲んでいた。

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桜はちょうど散りかけ。

しばらくして夫を起こし、次のライブへ。
「どこ行きたいの?」
「『SPECIAL OTHERS』っていうのに行こうよ」
「ああいいよ」
っていうわけで、結局再び「HANAGASA」へ戻ることに。
で、「SPECIAL OTHERS」、いやー良かった。
前のほうでガンガン踊って、かなり満足してしまった。
もっと長くやって欲しかったな。

さて、気がつくともう6時過ぎ。
「ラーメン食べたい」
と夫が言い出し、食べることに。

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メイン会場である「MICHINOKU」付近には、テーブル席などもあった。

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ラーメンを食べ終わると、メイン会場でのラストイベントに参加。
この時間までメイン会場に来ていなかったので知らなかったのだが、他の会場よりもかなりステージそのものが大きく、「あ〜、フェスの会場だ!」という気がひしひしとした。
この日のラストイベントは「RESPECT FOR 忌野清志郎」ということで、RCの曲を大物アーティストたちが熱唱してくれた。

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すごくいいライブだった。
この日の昼間、虹が出たのだそう。もしかして.......


さて帰り道。すっかり暗い。

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駐車場までの道のりの長いこと。
バス待ちの列もすごかった。

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暗くて見えないが、すごい人数であった。
この日の人出はどれくらいだったのだろうか。

道々夫と、
「どうせなら泊まりたいねえ〜」
などと話しながら帰った。いろんな意味で非常に満足度の高いイベントだった。
夜、寒くさえ無ければキャンプを張ってもいいと思った。
普段はあまり、アウトドア好きでもないのだけれど、ライブ会場で泊まるというのはまたひと味違いそうだ。食事も会場で食べればいいし、寝床さえあればけっこう楽しく過ごせそうである。
しかしやはり、5月の「エコキャンプみちのく」へのテント泊は、ヤワに出来ているわたしたち夫婦にはちょっと厳しいかもしれない。


2010年4月 2日 (金)

ナムコナンジャタウン(池袋)+東京旅行

しばらくぶりの更新だというのに、やはり団地のことはヒトコトも書く予定がない。
いいのだろうか、ブログのタイトルこのままで.....
と思いつつ、チアーヌ家のお出かけ記録にもなってしまったこのブログ、とりあえず書き進めて行こうかと思う。

去る3月25日〜27日、チアーヌと二人の子供(小学生男子)は東京へと出かけた。
もともとチアーヌ一家は東京で結成され(あの乃木将軍で有名な、赤坂からほど近い乃木神社で結婚式を挙げたのである)新婚時代から長男が幼稚園を卒園するまでの約8年間を過ごしている。
チアーヌ、チアーヌ夫が二人とも東京の大学を卒業しているので、お互いに東京在住年数は長く、少なくとも干支が一回りするよりは住んでいた。
ま、今は仙台に落ち着いたのだが、そういった過去があるのであった。

結婚して、最初は千葉に住んだのだが、そちらは2年ほどで間もなく世田谷に引っ越した。それから6年、わたしは出産と育児に追われつつ、東京で過ごしたのである。

そんなわけで、ちょうど育児の一番大変な時期を東京で過ごしたため、わたしのいわゆる俗に言う「ママ友」というのは東京に多い。
「ママ友」というのは「ママ友達」の略で、要するに子供を介して仲良くなった母親同士の関係を言う訳である。
ちまたでは「公園デビューの大変さ」や」「お受験殺人などが起こる陰湿さ」だけが喧伝され、あまりいい印象を持たれにくい「子を通した母親同士の関係」だが、..........まぁ、要するにあんなのは一部の話であって、普通は普通である。当たり前だが。母親同士の連携や助け合いは絶対にあったほうが、ひとり孤独に育児するハメに陥らないで済むので、なんだかんだ言っても「ママ友」はいたほうがいいですよ、そこで孤独に育児しているお母さん。ま、たまにはヘンな人にぶち当たる事だってないとは言えませんが、それはどこの世界にいたって同じことで。

ま、そんなわけで、前置きが長くなってしまったが(いつのものことだが)、東京のママ友のところに子連れで泊めてもらい、コドモもオトナも楽しく遊ぼう!ということがしたいので、年に一回くらいわたしは子連れで東京に出かけるのである。もちろん夫は置いて(仕事だしね、)。

で、まぁ、大体は前に住んでいた世田谷界隈で遊んで終ってしまうのだが、今回はちょっと遠出してみた。それが、今回紹介する「ナムコナンジャタウン」である。

実は今回はもともと、「ジョイポリス」へ行く予定であった。うちのゲーム好き小学生男子二人が「行きたい」と騒いだので仕方なくそうしようと思っていたのだが、いざ世田谷の友人宅までついてしまうと、いかにもお台場は遠かった。

そう.....世田谷からお台場は遠い。
行くの、めんどくさい。
で、ママ友と
「どうする〜?」
なんてしゃべくっていたところ、その中の一人のママ友が、
「そういえば、池袋のサンシャインにもあったよ、ジョイポリス」
と言い出したのである。

結果的に、この話は大ウソ......ではなく彼女の勘違いで、池袋サンシャインに「ジョイポリス」は存在しない。というかしなかった。
けれど、「そっか」ってわけで、わたしたちは池袋にゴー!してしまったのである。
ま、もしジョイポリスがなくたって、サンシャインまで行けばなんかあるだろうという軽いノリで....

で、池袋に到着。
サンシャインの案内板を見ていたわたしたちは、「ナムコナンジャタウンってなんだっけ?」と言い合った。
で、わたしは自信たっぷりに言ったもんである。
「あーわかった、ここだよジョイポリスみたいなところって!前にさ、二子玉川にナムコワンダーエッグってあったじゃん、あれって大きなゲーセンみたいだったもん、きっとここもそうだよ!ナムコだし〜」
すると友人も、
「あ、そうだねえ〜。そういえばそんなのあったね。じゃ、いいんじゃないここで」
そんなわけで、わたしたちは子連れで、ナンジャタウンに一直線してしまったのである。
で、結果的にここは全く「ワンダーエッグ」でも「ジョイポリス」でもなかったのだが.....何も考えないで行動するとこうなるという見本のような一日を、わたしたちはここで過ごすことになってしまったのであった。

さてここから写真と供に、旅行の記録をしてみようと思う。いちおう、出発から帰りまで、ささっと記録するつもりだ。ナンジャタウンの記事だけ読みたいという方は前後すっとばしてください。

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行きの新幹線の中から。どんよりと曇っていて、仙台も東京も天気が悪かった。仙台では25日、雪が降っていた。東京はさすがに雪はなかったが、寒かった。
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新宿駅南口付近。雨だ。
ちょうど昼になったので、スープデリで軽くごはん。おにぎりとスープを選べる便利な店だった。仙台にもあればいいのに.....もしかしたらあるけれど、わたしが知らないだけという可能性もあるが。

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さて、到着。友人宅まで走る息子。
ウルトラマン商店街といえばわかる人にはわかるに違いない。

さていよいよナンジャタウンを紹介しよう。
というか.....
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なんだこれは、と思う人も多いかもしれないが、一度でも足を踏み入れた人なら「はいはい」ってところであろう。
ここは暗い。
入ったとたんに暗い。
そして全体的に暗い。
要するに、どんなに明るい時間に行こうと、ここは夜なのである。
目の前には、夜の街が展開されているのである。
大きなゲーセンなど想像して行ってしまった子供たちは拍子抜けである。
というかコンセプトが違うのだ。ここはジョイポリスでもナムコワンダーエッグでもない。
「昭和30年代の街」なのであった。
わたしは、カンペキに勘違いをしたまま、ここ「ナンジャタウン」に突入してしまったのだった。
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子供たちは当てがはずれて、最初はちょっとブーブー言っていたが、入ってしまったものはしょうがないので、上の子と、一緒に来た友達はさっさと「ここにする」と言って並び始めた。
現金なものである。
並んだのは、とりあえず目についた「ご当地ツアーズ」なるアトラクションである。
アトラクションとっても、別にジェットコースターのようなものがあるわけではなく、クイズ番組の回答者になって遊ぶような形式のものであった。
で、これが、けっこう並んでいて、ゲームそのものも長く、意外と時間がかかるものだったのである。
下の子は最初から「こんなのやだ」と言っていたので、並ばなかった。
なので、別のなにかを....と思ったのだが、いきなり入ってしまったせいか、なにがあるのかもよくわからない。
仕方なく、うろうろ散歩に出たのだが、下の子がとあるアトラクションの入り口を発見。大はしゃぎしはじめたので、ついていくことに。
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そして行き着いたのは.....「もののけ」コーナー。要するにお化け屋敷である。下の子は今ちょうど「怪談レストラン」にハマっているので、こういうのが良かったらしい。.....しかし、オトナの目で見たらなんだこりゃである。
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これを見て子供は面白いくらいにヒーヒーおびえていたが、これらのロウソクはすべて豆電球である。
「これ、火じゃないよ、電気ついてるだけだよ」と言っても、子供はキャーキャー喜んでいた。
ま、いいのだが。

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ま、こんな感じのお化け屋敷であった。
ところで、どうだろう、この写真群を見て。怖いだろうか。
まぁでも、怖い話を少々するのであれば。
何しろ池袋という場所と、あの人の多さ、「あれ?」と感じる場所は、実は多々あった。
わたしは、ちょっと敏感なのである。オカルト好きではないのだが。だからその手の場所には積極的には近づかないことにしている。ふと通り過ぎた感じである。

さて.....話を変えよう。
もののけスペースを出たところに、素晴らしい場所を発見してしまった!!

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やってみた。200円も出して^^結果は.....やめておこう、ここで書くのは。
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すごいマッサージ店の山。山脈のようだ。
子連れでさえなければ、一日入り浸っていたいところであった。この辺りならば。
アトラクションには興味を持てなかったのだが。
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どうだろうこの看板。好きな人は好きなはずだ。周囲はこんなのだらけだ。
暗闇に浮かび上がる怪しげな.....
この入り口は、一度入ったら出て来られなさそうな、都市伝説でいう「オルレアンの噂」を地でいけそうな(いきたくないが)感じである。わたしは消えてなくなるのだ、「ナンジャタウン」の中で。

ま、そんなこんなしてるうちにお腹も空いて来ようというもの。
プラプラしていたらこんな店も見つけた。
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懐かしい雰囲気の駄菓子屋。下の子は夢中になって見ていた。目にどぎつい色合いがむしろ懐かしい。
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そして、ここが噂に高い(らしい)餃子スタジアム。
「なんなのスタジアムって」と思ったが、まぁすごいです。
とにかく全国の餃子が集まっていた。
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わたしたちが選んだのはここ。とりあえず、ナンバー1と書いてあったので。人もけっこう並んでいた。
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食べた。もちろんビールと一緒に。
ビールだが、小を頼んだらほんとに小さくてコップサイズなので、せめて中を頼めば良かったと後悔してしまった。ビール好きのみなさんはぜひ中を。
餃子はというと、とりあえず、見た目も大きさもフツーの餃子だが、これはおいしかった。

で、食事後、わたしたちはナンジャタウンを出たのだが.....なんとその足で、ゲーセンに行く羽目になった。
子供たちが「こんなんじゃ盛り上がりに欠ける」と主張しまくったからである。親であるわたしたちも、「ジョイポリスみたいなところに連れて行ってやる」と言ってしまった手前、仕方なかった。それでまた、池袋にはセガのデカいゲーセンがあるのであった。
ここまで来て「イニシャルD」などしなくても、仙台にだってあるではないか.....と後ろでわたしは思ったのだったが。息子は上機嫌であった。


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東京の桜、一週間前は五分咲きくらいだった。今は満開だろうか。


さて帰り道。
東京駅付近で大学時代の友達と夕飯を食べようという話になっていたので、その前にちょっと大丸の地下へ。子供のおもちゃを買うのにいいらしいと聞いていたので。
そしたらこんなことになっていた。
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さすがテレ東のショップ。アニメグッズが充実してる。仙台では見れないけど。けしカスくん。
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ラスカル!
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トミカ、レゴのショップも。
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結局なぜかこんなものを買わされた。上の子がハマってたブラッディマンデイのグッズ。光るペンとかいうやつ......750円もした。どうすんだ、これ。
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やっと友達と待ち合わせ。大丸の上の北海道居酒屋へ。いろいろあって選べますよ。なんて名前の店か忘れた。まあいいでしょう、ビールさえ飲めれば!!
おいしかったです。すっかり友人夫妻にごちそうになってしまった.....
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最終の新幹線へとゴー。
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新幹線の中、息子二人は爆睡。
仙台着は12時くらい。
タクシーで家に帰った。


2009年7月10日 (金)

紹興酒房(宮城県岩沼市)

 今日は純粋な「食べリポ」である。

 今週のはじめ、わたしは妹と食事に行ってきた。
 わたしの妹が、たまにどうしても行きたくなるところだというので連れて行ってもらったのだ。

 その店は岩沼にあった。
 岩沼というのは仙台市から4号線で福島方面へ向かって行くとある。名取市の向うである。
 そういう地理感覚がわたしにの中にはあったので、妹に「岩沼にごはんを食べに行きたいのだ」と言われたときは、「それちょっと遠いんじゃないの」とわたしは思った。
 しかしそれは間違いであった。

 わたしたちが向かったのは台湾料理屋である。これはわたしも好きなジャンルである。東京に住んでいた頃、台湾小皿料理の居酒屋があって、よく行っていたのである。だから、「きっとああいう感じなんだよな」とわたしは考えていた。運転は妹であった。一歳八ヶ月の甥っ子も一緒である。

 岩沼は想像したよりも近かった。というよりは、その料理屋が近いのである。名取を過ぎるとすぐに、もうそのまんま4号沿いなのである。市内へ入り込んでいいく必要はない。進行方向の反対側なのでちょっと行き過ぎたところで曲り、裏から駐車場へ入り込む感じになる。しかし、店の場所は異様にわかりやすい。もちろん看板も出ている。

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 写真は日本の大動脈のひとつ国道4号。
 店はもうそのまま4号沿いである。東京から青森からツーリングにいらっしゃるみなさんにもぜひお勧めしたい店である。

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 それほど大きい店ではないのだが、それらしい雰囲気をたたえた堂々たる店構えである。

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 そして見よ、このランチの安さを。コンビニ弁当並みである。

 中に入ると、足元に水鉢が置いてある。中には金魚。そばには水槽もあり、そこにも金魚が泳いでいる。さすが台湾料理屋、風水をちゃんとしているのである。わたしも水鉢、水槽は好きなので眺めてから店内に入った。

 椅子席と座敷があり、妹が子連れなので座敷に入った。入ったのは11時半頃で、お客さんは少なく、食事している人がいるなあと思ったらどうもそれはお店の人のようだった。以前横浜の中華街に行った時の雰囲気を思い出した。なんとなくあの感じとよく似ている。
 店員さんも、どうも中国人のようである。
 妹はここへ何度も家族で来ているということで、食べたいものも決まっているようだった。
 それは「酢豚」であるらしい。
 店に入った途端、メニューも見ずに、
「わたしは酢豚と中華飯にする」
 とキッパリ言い切る妹。こいつはいつからこんな立派な人間になったのだ?
 こういうとき、迷いの無い人というのは非常に幸せに見える。
 人生においても、方針が定まっているような気がする。
 ただの気のせいだろうか。
 妹はランチメニューにも一切心を動かされた様子は無かった。

 わたしは迷っていた。当たり前である。初めての店で注文に悩まない人間がいるだろうか。いや、いるかもしれないがわたしはああでもないこうでもないと思い切りが悪いのである。
「ねー、おすすめはなに?」
 迷ったあげくわたしはえへへと笑いながら妹に尋ねた。
 しかし妹は、
「まぁなんでもおいしいんじゃない」
 と投げやり。なんだこいつ。
 人のことなど徹頭徹尾どうだっていいのだろうか。わたしは姉だぞ。しかも4つも年上の姉だ、中学も高校も重なっていない。むかし服やバッグをさんざん貸してやったことをもう忘れてしまったとでもいうのか。
 なあ、妹よ。たったひとりの姉ではないか。もうちょっと優しくしてくれてもいいのではないか。
 わたしは一瞬悲しい気持ちになったが、ここで負けてはいられない。
 こういうときには食い下がることが大事なのである。
「でもさ〜、わたしよくわかんないよ〜」
「いいじゃないなんでも、お姉ちゃんの好きそうなやつで」
 妹はまだまだ手のかかる甥っ子に夢中である。わたしのほうなど見ていない。
 わたしは最終手段を選ぶことにした。
「じゃあわたしもそれにしよっかな〜、酢豚と中華飯」
 わたしがつぶやくと、妹はやっと顔を上げてわたしを見た。
「それはやめようよ」
 わたしはメニューを閉じた。もう決めたのポーズだ。でも一応答える。
「なんでよ」
「あのさ、いっぱいあるからわたしのあげるよ。同じのなんか頼んだら絶対余るよ」
「ここ、量って多いの?」
「多いよ」
 どうもここは、わたしの想像する「台湾小皿料理」ではないらしいのだった。
 よく考えたら居酒屋でもないし、一皿の量は多いのかもしれない。
 でもだったら。もうちょっと親身に考えてくれ妹よ。頼んじゃうぞ全く同じものを。
「じゃあ何を頼めばいいのよ!」
 こういうときのわたしはまるで小さい檻に閉じ込められた猛獣のごとく殺気立って来る。
 自分で決められないというのはすごいストレスを感じるものなのだ。
 わたしの夫なら、わたしが「わかんない」「なんでもいい」と始まったら即決めてくれる。よくわかっているのだ。元は他人のはずだがその辺りだけは天晴れなヤツである。
 そうだ決めろ決めてくれ頼む!!!!わたしは心の中でわめき散らした。ま、あくまでも心の中で、であるのであまり心配してくれなくても構わないが。で。そんなわたしの雰囲気を感じ取ったか、妹はしぶしぶ、言った。
「エビマヨがおいしいと思うよ。お姉ちゃんが好きかどうかわかんないけど」
 さっさと、言えよ........それにするよ。それでいいに決まってるじゃないか。

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 さて、これがそのエビマヨだ。
 なんか想像したのと違っていた。
 なによりもエビがデカイ....と思ったらなんと衣がついている。
 見た目のイメージは、エビのフリッターである。それにマヨソースが絡んでいる。
で、食べてみたら......うん、ちゃんと中華である。味は濃い。ヘンに後を引く味である。わたしにはそのとき、色んな意味で判断を保留した。
 そして、まもなく。妹がこれを食べたい一心で仙台くんだりからこの店に通い続けているという、酢豚がやってきた。

 ところでみなさん、酢豚ってどういうものですか?
 さあ、目を閉じて.......あなたの酢豚を想像してみてください。
 .......さあ、酢豚が見えて来ましたか?
 そうしたら、その酢豚の香りを感じてください......すっぱいような甘いような......ブタ固まり肉、にんじん、たまねぎ、ピーマン....そしてパイナップル.......そんなものたちが渾然一体となって................
 .........さあ、見えて来ましたでしょうか.............. ?


 ま、このへんでいいか。


 さ、目をあけてください。そして現実を見つめてください。

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 ???????
 わたしの頭にはたくさんのハテナマークが。
 なんだこれ。これが酢豚????えーーーーーっ!


 この酢豚、具は一切ない。
 ブタの薄切り肉に衣をつけて揚げてあり、それをタレにからめているのだが、うーん、なんとも言えず独特の味わいである。ねえ、台湾ではこれを酢豚って言うの?ねえ、やっぱり判断を保留してもいい?

 まぁいい。

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 そしてこれが中華飯。

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 ラーメン。

 このあたりは、普通においしい、まぁ見た目通り想像通りの味であった。
 で。妹にいわれた通り、これらはすべて結構な量で.....わたしと妹は無言で食べ続け、お腹がパンパンになるまで食べたのであった。
 食べているうちに、店内にはどんどんお客さんが入って来た。やはり人気店なのである。

 食べ終わって外に出ると、暑かった。そして4号は、流れていた。


 さて感想。
 あの〜実は、食べてるときはそんなに感動した訳ではなかった。
 が、しかし、なんだかこう、後にひく味なのである。
 イメージは。そう、ジャンクフード。
 いやけして、味がジャンクフードというわけではない。ちゃんとした中華の味がして、普通に充分美味しい店だ。でも、仙台からわざわざ来るほどのものではないんじゃないかと、最初わたしはそう思ったのである。が、しかし。しかしだ。

 この店に行ってから三日くらい経った今現在。
 わたしはなぜかあの酢豚&エビマヨの味が忘れられなくて困っているのである。
 正直、ラーメンと中華飯に関してはそれほどの感想はない。なぜならそれらは普通においしかっただけなのである。しかしあの酢豚とエビマヨは........

 なんだろ〜、なんでか後に引くんだなあ。妹が思わずあの酢豚食べたさに通ってしまう気持ちはわからないでもない。あの味は家庭では出せそうにないからである。ヤバいわたしもまた行っちゃうかも、あの店。

 今思えば、今回は平日昼だったため、ビールを飲めなかったのが残念であった。いやべつに昼でもビールは出してくれるでしょうけれども、わたしが午後から出かける予定があったもんでそういうわけには行かなかったのである。でも、あの酢豚とエビマヨは確実に酒向きの味であった。
 
 うーん、車で行く感じはそう遠く無いのだが、夜の飲み兼ねてとなるとちょっと遠いかなあという気もする。そこがちょっと残念ではある。

 まぁとにかく、一度試してもらいたい味である。なんか、後を引きますよ。


2009年5月24日 (日)

蔵王猿倉(山形県上山市)

 またまたお出かけリポである。
 今日はチアーヌ一家、チアーヌ実家の両親、妹一家、総勢9名で蔵王猿倉へ遊びに行って来た。
 ほんとうはゴールデンウィークに行くはずだったのだが、なかなか全員の予定が合わず延期になっていたのである。
 今日は全体的に曇り空ではあったが、カンカン照りの陽気よりも逆に外で過ごしやすく、子供たちを連れて家族総出での外遊びににはもってこいの日であった。

 この「蔵王猿倉」は、山形県上山市から蔵王エコーラインへ昇って行く道路の途中にあり、冬になると家族向けスキー場として賑わっている場所である。
 夏場も釣り堀や外遊びの場として営業しており、わたし自身も両親に連れられて、小さい頃からよく遊びに行っていた。
 ある意味、わたしが小さい頃と、ほぼ全く変わっていないというか、のどかで良いところである。

 さっそく写真をアップしよう。

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 スキーシーズン以外はスキー場に行ったことなどないという人は、都会を中心に案外多いのかもしれない。
 けれど当然ながら、スキー場にも四季があるのである。
 わたしは夏のスキー場というのが案外好きだ。
 バックに見えるのが少々急な中、上級者コースである。リフトは動いておらず、のんびりとしているようだ。

 冬場の事もちょっとだけ述べておこう。
 この猿倉スキー場は、実は子連れにとってはかなりの穴場である。
 いわゆる蔵王スキー場やライザは、余所から来た観光客で混み合うし、スノーボードも可だったりするので、危険である(上手な人のボードは危なく無いからいいのだが.....観光客が集まるスキー場はどうしても初心者も増えるのである)。
 実際、わたしなどはあまり子連れで行く気にはなれない。
 でも、この猿倉は、「ファミリー層」に特化しているような気がされる。ボードは禁止だし、メインのゲレンデはなだらかそのもの。それでいてけっこう広く、比較的空いている。親がちょっとすべりたくなったらいちおう中上級者コースも(短いが)ある。
 それにリフト代も安い(他に比べたら)。
 そんなわけで、なかなかおすすめのところなのである。


 さて、さっそく子供たちとひと遊び.....と思って歩いて行くと。

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 なんと!去年は無かった施設が誕生していた。山だけどビーチバレー??どういうこと?と思ったら、

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 ほんとに砂が敷いてある!!!さっそくここで子供たちとビーチバレーをした。山で.....

 その他、広いので体を動かして遊ぶ場所にはことかかない。遊具も、バトミントン、テニスラケット、野球のバットやボール、サッカーボールなど、適当に揃っており、無料で借りることができる。
 というよりも、「勝手にどうぞ」と言う風においてあるので、みんな適当に使っている。
 もちろん猿倉そのものに入場料などなく、適度に「ゆるい」空間で、わたしなどはそういうところを気に入っていると言う感じだ。

 ま、そんな猿倉であるが、夏場のメイン(?)はたぶんこれ。

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 釣り堀である。毎年夏になると、ゲレンデだった場所に池が出現し、ニジマスが泳ぐ。この風景は、わたしが子供の頃から全く変わっていない。

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 釣り竿とエサを借りてゴー。子供と一緒に楽しめる。慣れればすぐに釣れる。
 わたしは産まれてこのかた、実はここでしか釣りをしたことがない。自慢でもなんでもないが....

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 釣った魚はこの場で焼いてもらって、ここで食べてもいいし、レストハウスのほうへ運んでもらって食べる事もできる。調理方法も指定することができる。今回は、塩焼きと刺身にしてもらい、食事時になったらレストハウスのほうへ運んでもらうことにした。

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 結局、最終的には10匹くらい釣った。

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 のんびりした風景。午前中は人も少なめで、貸し切りのようにして楽しんだ。

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 水辺の植物も植えられている。

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 遊び疲れたら、湧き水をのんで一休み。ペットボトルを持って来れば、汲んで帰ることもできる。甘くて冷たくておいしい水だ。

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 ゆるゆると時間が流れて行く。不思議と、ここへ来ると「休んでいるなあ、今日は休みなんだなあ」という気がする。

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 夏のスキー場はオオバコの天国なのか。

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 この中に、二匹繋がっているトンボみたいな虫がいるのだが見えるだろうか。

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 向うに見えるのが草ソリ乗り場。子供たちは大好き。

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 お昼時になったのでレストハウスへ。
 ここでわたしたちがいつも食べるのは......

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 じゃーん。ジンギスカンである。大人にとってはこれがメイン。

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 先ほど釣ったニジマスも塩焼きになって登場。

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 刺身もおいしい。ニジマスはかなり新鮮でないと刺身は食べられない。

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 これもおすすめ、山ぶどうジュース。
 ここに来るとなぜか毎回頼んでしまう。

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 そして最後の締めはソフトクリーム。
 これも毎回食べている。
 コクがあっておいしい。


 ここはわたしにとってはおなじみの場所である。
 何も考えずに休日をのんびり楽しみ、食事をしたい方、特にジンギスカン好きの方にお勧めしたい。 わたしはここの「ゆるゆる」具合を愛している、と思う。

2009年5月18日 (月)

青葉まつりと沖縄物産展(仙台市青葉区)

 ブログタイトルが「団地萌え」であるというのに、ここのところさっぱり団地に行っていない。
 理由は......実は色々あるのだが、迷子になって団地に辿り着けなかったり、日差しが強過ぎてイヤになったり、そんなだらしのないことでどうする!と言われてしまえばそれまでなのであるが、......とりあえず今回は、まぁいいじゃないか、というダレた感じで進めていこうと思う。
 そんなわけで、今日のテーマも団地では無いのだが、.......どうかお許しいただきたい。

 今日は仙台市内の繁華街、一番町界隈へ行って来た。
 昨日今日と、仙台では「青葉まつり」が行われていたのだが、ちなみにそんな中、藤崎という仙台の老舗百貨店が「沖縄の観光と物産展」をやっており、まぁ見る物にはこと欠かないだろうということで子連れで出かけてみたのである。

 この「青葉まつり」、七夕まつりなどと比べてしまうと、全国的には知名度は低い。
 と、思う。
 ちなみにわたしは仙台へ来るまでその存在を知らなかった。
 しかし、実際に見てみると、これがなかなか華やかに大掛かりにやっている祭りなのである。
 不思議に思ったので由来を調べてみた。

 この「青葉祭り」、さかのぼれば、1655年に仙台東照宮(東照宮というくらいだから祀っているのは徳川家康である)のお祭りとして始まった「仙台祭り」を祖にしているようである。この「仙台祭り」は江戸末期まで続いていたようだ。
 その後は、大正時代や昭和初期に復活したりもしていたようだが、現在はというと、1984年から5年に一度やっているそうである。
 説明がわかりにくいかもしれないが、この5年に一度の例祭は「青葉祭り」とは別物のようである。

 「青葉祭り」は、いちおうこの「仙台祭り」を祖にしている....らしいのだが、よく説明書きを読んでみると、実は全く違うものなのだとうことがわかる。

 その「仙台祭り」は江戸末期まで続くが、メジャーなものとしては一旦途切れたのだ(おそらく)。
 おそらく大政奉還が何かの原因になっているのだろうけれど、そういう説明は無かったのでよくわからない。
 そして、明治7年に、伊達政宗を祭神とする「青葉神社」が創建されるのである。

 何しろ政宗と言えば伊達男の祖、今も昔も仙台では大人気。
 おそらくみな神社の創建を喜んだのであろう、この青葉神社で行われる「青葉祭り」が政宗の命日である5月24日に毎年行われるようになると、いつのまにやら市民総出の大祭となったらしいのである。
 そしてそれは、昭和40年代まで続いたそうなのである。
 が、それもどうやら、諸般の事情で(説明には、交通事情が悪かったから、とあった。 その頃の青葉まつりは、仙台市中心部で今のように行われていた訳ではないということがわかる)尻すぼみとなったらしい。

 そんな「青葉まつり」が、なんと1985年(昭和60年)、いきなり復活した.....らしい。
 ちなみに現在の青葉まつりでは一番の出し物と思われる「すずめ踊り」は、この二年後から踊られるようになったとのことである。
 この頃ちょうど「独眼竜政宗」ブームがおきており、観客数も前年の三倍を超えるなど、かなり急激な盛り上がりを見せていたようだ。
 ちなみに、「すずめ踊り」と「青葉まつり」はもともと、特に関係のないものであるらしい。いろいろ読んでみても、政宗つながりということしかわからない。
 そして現在に至っているのである。

 現在の祭りは、「すずめ踊り」のコンテストをやったり、山車のパレードがあったりなど、華やかである。
 ちなみにこの「すずめ踊り」であるが、なんでも、仙台城新築の際に大阪からやってきた石工たちが政宗公の前で即興で披露したものが始まりだそうで、そういわれてみれば踊りは男性的というか、いわゆる奴踊りのように見える。
 たとえば阿波踊りなどは男性の踊りと女性の踊りは基本形が別になっている(現代では女性が男踊りを踊る事もあるが、おそらく昔は別だったのであろう)。
 すずめ踊りにはそれはなく、みな基本的には同じように踊っている。
 踊っているのは、全体的に女性が多く見える(もちろん男性も踊っているが、比率として)。
 ちなみに、動きはすずめがえさをつつく姿を模しているとのこである。みなそろいの法被を着て楽しげである。
 なぜすずめか、というのは、伊達家の家紋が「竹に雀」であることから派生したようだ。
 キビキビした女性たちによるすずめ踊りは、「よさこいソーラン」にも似て、なかなかいなせである。

 ちなみに現在踊られているすずめ踊りは、市民が参加しやすいように、現代風にアレンジされたものだそうで、そう言われてみればそのようである。
 仙台では、小学校の運動会等でもよく踊られている。

 お囃子はアップテンポで、種類はひとつだけのように思った。
 祭りによっては、山車ごと、連ごとなどでお囃子が全く違うようなところもあるが、この青葉まつりでは曲に変化はない。
 ノリのいいアップテンポで、踊るにはよい感じのダンス・ミュージックである。
 聞いていると、小太鼓と中太鼓(そんなに大きく無いが大太鼓の代わりを受け持っているらしい。ようするにパレード形式なので重い物は持てないのだろう)がリズムを刻み、あとは篠笛、鐘などで構成され、それプラス威勢の良いかけ声がポイントのようである。
 大阪から来た石工が踊ったのが最初、という由来のせいか、その囃子はある意味東北独特の土俗的な雰囲気はあまりない(東北独特の荒々しさを感じるといえばやはり青森ねぶた祭りの囃子であろう。あの大太鼓の響きはやはり凄みがある)。
 まぁ、そう聞けば関西風と言えないことも無く、とくにあのチリチリした鐘の音でそういう印象を持つ。江戸風というわけでもないように思うが、しかしかけ声のかけかたは江戸っぽいような気もされる。
 実際には、東北と言えども、日本海側は北前船の航路だったせいか京文化が入っているし、伊達はどちらかというと江戸文化を強く受けた土地ではないかと思っていたのだが、「青葉まつり」に関してはわりとすべてが中庸というか、ある意味特色が強く無い感じである。

 まぁでも、わたしは思ったのだが、だからこそこの「青葉まつり」が、仙台市民にとってはとてもメジャーな祭りとなったのではないだろうか?
 現代人によるアレンジを大量に取り入れて構成し、その際、仙台に古くからあった祭りや踊り、歴史のエッセンスだけを生かしてみたという感じである。
 七夕は全国的に有名だが、内容的には浮かれて騒ぐというものでは無いし、そういう意味ではきっと仙台市民は「みんなでちからいっぱい踊れる」祭りを模索していたのに違いなく、中心街としても人出が多ければ多いほど商売繁盛というわけで、一番町や定禅寺通りなどの仙台のメインストリートを中心に、祭りの復活が望まれていたのだと思う。

 この「青葉まつり」に関しては、観光客を呼び混む目玉的な強さはあまり感じないのだが(わたしも知らなかったくらいであるし)、その分市民がみんなが普通に楽しんでいる様な感じを受ける。

 と、わたしの勝手な考察を長々と述べたところで写真を。

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 一番町のアーケード内。今日は雨だったので、アーケードがあって良かった。

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 山車がところどころに置いてある。

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 せっかくすぐ近くで踊っていたのだが、背が低いわたしにはさっぱり見えずに終ってしまった。


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 良く見ると七福神。なんとめでたい。
 幸運が来ますように。と、祈ってみる。

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 やっぱりいた、ゆるキャラ。
 子供をダシにして近づき、無事写真撮影に成功。
 子供がいるとオトナとしては間抜けなことも子供のせいにしていろいろできるし、ゆるキャラにも近づき放題なのでうれしいのだが、子供が大きくなってそういう方面で使えなくなってしまったらどうしたらいいのだろうか。
 たまに真剣に不安になる。
 大人同士では恥ずかしくて行けないところとかに行けなくなったらどうしよう。
 たとえばゆるキャラ祭りとか......
 今のうちに行くしかないのか.....

 さて、そんなこんなしているうちにもう昼過ぎ。

 踊りがあらかた済んでしまったあとは、沖縄物産展へ。
 そして、食べましたよ。ソーキそば。沖縄そば。

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 ちなみに、このそばを食べる為に、けっこう並んだ。かなり混んでいたのである。
 なんでも沖縄の「きしもと」なるお店の有名なそばだというので、食べてみたかったのだ。

 店の中に入ると、混んでいたせいか、一人で来ていたおばさまと相席になった。
 それは別によいのだが、このおばさまが、一生懸命、訴えるようにわたしに向かって言うのである。あくまでも独り言風に。
「ねえ、これ、そばじゃないわよね」
 ソーキそばが運ばれて来た直後から、首をひねりひねり、おばさまは語っていた。
「はぁ....」
 そうしてしまいには、
「絶対これ、そばじゃないわよね。うどんよね。あら、わたし、もしかして間違われたのかしら....」
 おばさまは、わたしのどんぶりを覗き込むと、首をかしげ、
「あら。同じね。ねえ、あなた、うどんを頼んだの?」
と訊ねて来た。
 このおばさま、よほど「蕎麦」が食べたかったのに違いない。
 そしてどうも、「うどん」がお嫌いのようなのである。
「いいえ.....」
わたしが小さく答えると、
「でもこれ、うどんよね」
と、繰り返す。
 ちなみに、この店、メニューは1個だけなので、間違うも間違わないも無いのだった。
 店に入った瞬間、人数だけを告げ、お金を払って食券をもらうシステムである。
 おばさまもそうやって入ったはずだが、何しろごちゃごちゃとしていたので、そんなこと忘却の彼方だったのであろう。
「あの....メニューはひとつだけでしたし.....沖縄そばってこういうものなんだと思いますよ.....」
 わたしがそうおばさまに言うと、
 おばさまは半分納得した様なしないようなお顔で、
「あらそう.....これを沖縄ではそばっていうの.....でもこれうどんよねえ......そばじゃないわよねえ....」
と、繰り返しおっしゃるのであった......。

 そんなわけで、今日のわたしにとってのヒットはこのおばさまということにする。
 わたしは知らない人によく話しかけられるタイプなので、たまにこういう面白いことに遭遇するのである。

 まぁでも、おばさまの気持ちはわからないでも無かった。
 確かにあれば東北の人が想像する「そば」の麺ではない。
 しかし、世界は広いのである。日本だって広い。東北の外にもこの世はちゃんと広がっているのだ。
 だから、この世の中にいろんな「そば」があってもいいのではないですか.....あなたにはうどんにしか見えなくても......いえいえお気持ちはよくわかるのですが.....という意味を込めて、わたしはおばさまのつぶやきに笑顔で応えたのであった。

 ちなみに「沖縄そば」は肉が甘く大変おいしかった。だしも豚の味がした。でも、脂っぽくはなくすっきりした味わいであった。

2009年5月 8日 (金)

山寺 宝珠山立石寺(山形県山形市)

 五月五日の子供の日、わたしは子供たちとお出かけすることにした。
 旦那は仕事でいないので、三人での外出になった。
 どこに行こうか直前まで迷っていたのだが、尾花沢と新庄でお祭りがあるらしいとのことで、とりあえずそちら方面まで行こうかと決めた。
 で、車を出したのはいいが、何しろゴールデンウィークでお天気にもめぐまれていたせいか、みな考える事は同じで、国道48号線はものすごい大渋滞であった。
 何しろ錦ヶ丘の手前くらいからさっぱり動かないのである。

 そんなわけで、わたしは迷ったあげく、尾花沢と新庄はやめて、作並さえ越えればすぐの山寺に、急遽予定を変更した。
 山寺は、5、6年ぶりであっただろうか。いや、もっとか。

 実はこの日、このあと、この48号線で大事故が発生したらしいのだが、わたしはちょうどその事故が起る30分ほど前に現場を通過していたらしく、あとでそのことを知り驚いたのだった。
 この日は事故の前からものすごい渋滞であったので、そのこともきっと事故の原因となってしまったのかもしれない。
 事故に遭われた方々は、本当にお気の毒である....

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 ものすごい渋滞をやっと抜けたな、と思ったのは奥新川の手前くらいであったろうか。
 周囲が作並らしい雰囲気になってきた。温泉を通り抜け進む。

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 ようやく「大滝ドライブイン」へ到着。ここで昼ご飯を食べる事に。本当はもっと先まで進んでいるはずだったのだが、とてもムリであった。
 ここはもう東根である。

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 ヤマメ、イワナが店先で泳ぎまくっている。川魚を焼くいいにおいもする。

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 テーブルに座り窓の外を眺める。

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 肉そばを頼んでみた。おいしく頂いた。

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 せっかくなので滝を見物。涼しげできれい。

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 さて、山寺に到着。一番手前側にあった、山寺駐車場(500台駐車可)に車を入れて歩き出す。
 けっこう歩くのだが、この後の階段昇りを考えたら大した事はない。

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 仙山線の山寺駅から歩いて来る人はこの橋を渡るはず。いよいよ、という気分になるだろう。

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 お土産屋が増えて来る。

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 さあやっと登山口に到着だ。
 さて、この山寺についてなのだが、平安時代前期、860年に比叡山・天台宗の高僧、慈覚大師により開基された霊場である。
 しかし戦国時代に一度焼けてしまったらしいが、1356年に初代の山形城主、斯波兼頼により根本中堂が再建され、その後、最上義光も大修理を行っているそうである。
 そして江戸時代に俳聖松尾芭蕉がやってきて、「閑さや岩にしみいる蝉の声」と詠み、ますますその名が高まった.....ということだ。
 要するに歴史的霊山であり名所であり人々の集まる観光地でもある。
 ま、賑やかでいいところである。霊山に対しての言いぶりではないかもしれないが。

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 山寺と言えばやっぱり。

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 階段を上がって根本中堂に到着。
 とりあえずお参り。
 ちなみに山寺にはこのあともたくさんお堂があるので、お参り重視の方は小銭をたくさん持って来ると良いだろう。まぁ、土産物を買って崩すと言う手もあるが。
 ちなみに平成25年に、慈覚大師作の薬師如来坐像が50年ぶりに御開帳とのこと。

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 土産物屋の前の通路脇など、至る所に風車。ここは霊山である。

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 ご神木。大イチョウ。

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 さて、記念写真スポット登場。芭蕉と曾良である。
 個人的には、「ギャグ漫画日和」の曾良がツボであるが、この曾良は弟子らしく側に控えている。
 当たり前か.....

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 さて。
 1015段の階段を昇り始める前に、まずはトイレだ!
 特に子供は、「別にいい、今したくない」などと言うようでも、させておかないとあとあと大変な事になるに違いない.....と思い、無理矢理二人をトイレに追い立てたわたしであった。

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 さて、ここで拝観料を払って、いよいよ階段へ。

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 門を入ったとたんにこんな看板が!こんなの昔からあったっけ?

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 きっつい階段。運動不足の身にはきつい。
 途中もひっきりなし、お堂があり、お地蔵様がいらっしゃる。
 美しい五月の陽気に、生者も死者もみんな喜んでいるような気がされる。
 足を止め、お参りしつつ進む。
 というか、休みながらでないと、とてもとても昇れないのだ。
 お参りしつつ、ずっと肩で息をするわたし。ちょっとは運動しろよ。

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 しかし、賑やかであった。わざと人がいないところを狙って写真を撮っているので、雰囲気が伝わらないかもしれないが、実際はこんな感じ。
 下りも昇りも、とても足を止めてなどいられないほどの混雑。
 なのでわたしは、途中にひょいひょいと現れる「え、ここ、お墓?だよね?」みたいな場所に入り込み、休むしかなかった。
「こんなところ、入っていいのかな」
と、思ったが、仕方が無かったのである.....「すみません」とお墓に向かって手を合わせるより他なかった。

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 昇って昇って、やっと辿り着いた仁王門。
 ここから先は、向かって左に行けば五大堂、まっすぐ昇れば奥の院である。
 奥の院から五大堂へ行くことももちろんできるので、迷わず奥の院へ行く。
 観光客は五大堂へこのまま行ってしまう人も多いのだが、もったいないと思う。ここまで来たのなら、せっかくだから奥の院まで足を伸ばして欲しい。

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 何しろたくさんお堂があるのでどれがどれだかわからなくなってしまった。これは中性院だったか?

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 ここまで来れば奥の院はもうすぐ!あとひと昇り!

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 さて到着。奥の院である。
 お賽銭を上げ、お参りをする。
 で、中をのぞくと。大仏様と共に、あったあった。
 でも写真撮影は禁止であるし、わたしもあまり撮るべきではない様な気がする。
 ここになにがあるのかというと、「ムカサリ絵馬」なるものがあるのである。

 「ムカサリ絵馬」について、わたしが知っている限りの説明をしよう。
 この絵馬は、ようするに死んだ人の結婚式の絵である。
 ご興味のある方は、検索をかけてみると良い。画像をアップしているサイトも数多くある。
 この「奥の院」などを含む、山形のお寺の中には、死んだ人の結婚式をしてくれるところがあるのである。
 この「ムカサリ絵馬」も、山寺のものが全国的に有名ではあるが、別に小さなお堂や一般のお寺にも、あるところにはあるのである。

 きっとこれを読んでいる人は、死んだ人の結婚式ってどういうこと?と思われるだろう。
 これをひとことで説明するのは難しい。
 簡単に言えば、結婚しないで死んだ娘、息子をあの世で結婚させて、その様子を絵馬にして奉納し供養するということなのだが、これでは意味や理由はあまり伝わらないかもしれない。

 ちなみに「ムカサリ」というのは山形の方言で、結婚式や結婚そのもの、そして花嫁、花嫁衣装なども含む意味の言葉である。
 「娘がムカサリになった」といえば、花嫁衣装を着てお嫁さんの姿になったことを差すし、「隣の村でムカサリがあった」といえば、結婚式が行われたことを指すのである。

 だから「ムカサリ絵馬」というのは、結婚式の風景や、花嫁花婿が二人並んだ絵になることが多い。
 絵は、専門の絵師もいるようなのだけれど、別に奉納する人が自分で描いてもいいのである。

 この「ムカサリ絵馬」を奉納する人のほとんどは、親である。
 そして奉納するきっかけも、実際はいろいろである。

 普通は、親が早くに死んだ子の年を数え、その子が生きていたら20歳を過ぎている様なときに、嫁や婿をあの世であてがってやり、供養する事で、「親の手を離れる」ということであるようである。
 これをきっかけに、死んだ子の年を数えるのはやめなさいという、そんな意味である。

 また、戦争中には、18、9の適齢期前に息子が戦死したりということがあり、そのような年で嫁ももらわずにあの世にやったのでは可哀相だという思いからの奉納も多かったようだ。

 それから、何らかの理由で、早くに亡くなった子供が「むつこい、むごさい(可哀相)から」というのが根本にはあるのは同じだが、たとえば家に病人が出る、悪い事が起る.....などのことが続くと、山形には「オナカマ」なる、青森でいう「イタコ」とたぶん同じような感じのものなのだと思うのだが、たとえばそういう人が集落にいて、聞きに行って、「奉納した方がいい。方法はこれこれ」と教えてくれるパターンもあるらしい。
 この場合、時代はかなりすぎて、昔の先祖を供養するような形になることも多くなるようだ。

 このように、きっかけはひとつではなく、親の思いも一様ではない。
 土俗的な信仰形態と言ってしまえばそれまでなのだが、今も脈々とそれらの信仰が生きており、地域に根付いて存在しているというのが、山形の面白いところなのではないかと、わたしは思う物である。

 山形のこういった面は実はいろいろな形態で存在しており、かなり面白いので、そのうちこの件に関してはまた書いてみるかもしれない。

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 さて、奥の院を出て歩いて行くと、こんな風景。

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 ここは、たぶん、華蔵院だと思うのだが、ここで暮らしている雰囲気で、お庭のような雰囲気になっていた。中からは犬を連れた奥さんが。騒がしくしては申し訳ない。

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 岩の中の洞穴に納められた三重塔。

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 山寺ではまだ桜が咲いていた。
 桜の枝には無数のおみくじ。

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 五大堂へ向かう通路。柵も何もないが、石畳から落っこちたら死にそうに高い場所。

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 向うに見える建物は、修行の場であるが、立ち入り禁止のところも多い。
 見るからに崖だ。

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 納経堂。山寺の観光パンフなどにも載っている感じの写真。

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 五大堂、激混み!ほんと賑やかであった。

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 五大堂からの眺め。ほんとうにきれい。

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 で、五大堂の天井。

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 そして県内をはじめ、全国各地や海外からいらしてくださった方々による壁画である。

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 さて、下りますか。
 下りもかなりつらく、下に着いたときには、わたしの膝は完全に笑っていた。

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 懐かしい風景だったので一枚。この子たちはたぶん近所の中学生。このように、山の上の茶屋までジュース類を背負って昇ってくれるのである。
 昔からあったバイトだけど、今もあるんだな。

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 そしてお土産屋へ。やっぱりあった!山形といえば今年はこれ、「兼続クッキー」。グッズもおかしも兼続だらけであった。
 実は今年、ほんとうは「上杉まつり」に行きたかったのである。でも、親兄弟に「絶対にやめなさい」と言われあきらめた。確かに、わたしひとりで、子供を連れて行くのはきっと無理だっただろう。
あっちはすごい混み具合だっようだ。

 わたしにとっては久しぶりの山寺だったが楽しめた。
 子供たちを連れて行ったのは初めてだったのだが、けっこう楽しんでくれたようだ。
 このあとは、麓の茶屋で、子供たちはかき氷、わたしは名物のおだんごを食べ、一休みして、国道286号線で仙台へ帰った。


2009年5月 5日 (火)

台原森林公園(仙台市青葉区)

 ゴールデンウィーク半ばの今日、わたしは台原森林公園に行って来た。
 妹、甥っ子、わたしの子供たち、総勢5名での出陣である。
 天気はくもりで、暑くなく寒くなく、良い気候であった。

 この台原森林公園は、仙台都心部の北側に位置し、街からも近く、地下鉄の駅などにも大変近いことから、市民の憩いの場として利用されているところである。

 わたしも、近くの施設はよく利用しているのだが、公園の内部までは入ったことがなかったので、今回はじっくりと楽しむ事ができ良かった。

 まずは隣接している仙台市科学館の駐車場で妹と待ち合わせ。
 思ったよりも空いていた。
 写真は科学館の壁。この横を通って行く。

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 遠くに見える像に向かって歩いて行くと......

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  こんな風景が。

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 すごく長い階段である。ちなみに妹はベビーカーを押していたので、こりゃいかんということでわたしがベビーカー、妹が甥っ子を抱っこして、降りる事にした。
 が、あとから気がついたのだが、ちゃんとスロープで降りる方法もあったのだった。これから遊びにいらっしゃる子連れの方、車いすの方、ご安心ください。


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 ちなみに入り口の像はこんな感じ。

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 後ろから見るとなかなか黄昏れている。

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 階段をがんばって下りて行くと池がある。人工池だろうか?よくわからないけれど、なんとこの池、いきなり白鳥がいた。しかも一羽だけ。何かの置物かと思ったら動いたので本物だとわかった。

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 この池、釣りは禁止だそうです。この看板、このあと別の水辺でも見たので、この台原森林公園全体がそらく釣り禁止なのかもしれない。

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 歩いて行くと。

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 公園管理事務所。トイレ有り。

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 良い感じに咲いていたモクレンの花。

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 「健康広場」と名付けられていた場所。公園の中の公園みたいな感じで、ここだけグランドっぽい雰囲気であった。
 わたしは子供たちをアスレチックに連れて行くつもりだったので、とりあえずここはスルーした。

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 こんな看板が。要するに木の名前当てゲーム?

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 もちろんこういう案内図が所々にあるのだが、わたしたちは科学館でもらった案内図を過信していたため、このあとヒドい目に(大げさ?)遭う事になるのである。乞うご期待。

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 途中にあった沢。きれいかと思ったら、ビニールなどのゴミがけっこう浮いていてちょっとガッカリ。

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 アスファルトの遊歩道で、自転車も多く見かけた。坂を上って行く。けっこう、アップダウンがあるようだ。

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 アスレチックらしいものが見えて来た。ここか?

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 ロングな滑り台など、遊具がたくさんあり、子供たちが遊んでいた。
 お弁当を広げている家族もあり、とりあえずここに落ち着く事にした。

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 わりと坂がきついといえばきついのだが、このあたりにレジャーシートを広げる事にした。
時刻はちょうど12時。お腹も空いた。
 ここでちょっと残念な自体が発生。

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 なんだこのやる気の無い弁当は、と情けなくなる様な内容である。
 妹とと話し合った結果、お互いを過信しすぎたためと判明。
 わたしは「主食」妹は「おかず」と担当分けしていたのだが、わたしはほんとうにサンドイッチだけを作り、妹は唐揚げだけを作り、どっちもサラダひとつ持って来なかったのである。
 妹はいつもマメなヤツで、手作り大好き奥さんなので期待しすぎたのがまずかった。
 妹曰く、何と今朝、うっかり玄関先に置いていた家のゴミをカラスに荒らされる、という不測の事態が起こり、その片付けに追われて弁当の準備ができなかったというのである。
 妹のほうは妹の方で、さすがの姉もサラダや卵焼きくらいは作って来る物と思っていたようだ。
 姉妹共々、詰めの甘い人間なのが災いした。
 まぁでも仕方ない。食べた。
 なんだか口の中がもぞもぞして、飲み物ばかり欲しくなる組み合わせであった。

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 弁当を食べ、子供たちをたっぷり遊ばせたあとは公園散策に出発。そのときはまさか、あんなことが起ろうとは思いもしなかった。

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 こんな風な階段で行く小道がところどころにあった。
 まぁでも今回は、妹がベビーカーを押しているので、比較的大きな道で行く事にする。
 最初の予定では、適当なところで引き返すつもりだった。
 科学館で公園の地図をもらったので、それを見つつ進んだ。

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 アスレチック広場を抜けて少し行くと、道路の舗装が無くなり土の道に。多少ガタガタはするようだが、まあなんとかベビーカーでも大丈夫なようだ。
 途中、車いすの人ともすれ違った。

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 谷になっている。空気がきれい。

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 このようなあずまやがところどころにあり、休む事ができる。

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 自然の中の遊歩道。木漏れ日が気持ちいい。
 自転車もOKなようだ。
 ジョギングコースでもあるらしい。

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 この看板、ところどころで見かけたが、どこを起点にしているのかよくわからなかった。毎日走る人にとっては目印になっていいのかもしれない。

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 仙台市文学館への標識。わたしは毎月、ここで開催されている講座に通っているのであるが、こちら側から入った事はない。
 地下鉄の駅からだと、この公園を抜ける事になると聞いた事があるのだが、それが正にこの道なのだろうか。そうだとしたら、夕方暗くなってきた場合はやはりちょっと考えものであるかもしれない。
 この公園、昼間は人も多いし良いところであるけれど、夜になると変質者やお化けがでるという噂も多いのである。その手の話が好きな人は検索すると出て来ると思うので、「台原森林公園 幽霊」とかで出して見ると良いだろう。

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 新緑のもみじ。紅葉よりもこっちが好きだ。

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 遊歩道のトイレ。夜になると何か出そうだ。ま、でも昼間は関係ないか。

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 このようなベンチもところどころに。

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 シェルティ(シェットランドシープドッグ)を3匹も連れているご夫婦。妹と、思い出話を語り合う。
 昔、わたしの実家にもシェルティがいたのである。ずいぶん前に死んでしまったが。

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 ここから文学館へ行く道と分岐するらしいのだが、ここで問題発覚。
 わたしたちが持って来た地図が、なんだかわけがわからなすぎるのである。
 その地図はこれだ!

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 肝心な物や印が抜けていたり、道の太さがわけわからなかったり、距離感がおかしかったりと、なんだかある意味わたしが書いた地図みたいなのである。わたしに地図を書かせると大体こういうことになるのだが、夫にはいつも「ありえない」と罵倒されるので、そういう意味ではこの地図、かなりありえない。
 そしてこれを当てにしてここまで来たわたしたちは、行くにも帰るにもどうしたらいいかわからない状態になってしまったのである。
 まぁでも、とりあえず戻っても仕方ないので台原駅まで行こうということに。この地図によれば、途中からちゃんとUターンできるはずだったのだが。

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 歩いて行くとこんなものが。
 野外音楽堂である。ステキ。
 「真夏の夜の夢」でもやったら似合いそうである。夜中は妖精が公演していたりして......
 ところで。ここでもわたしたちは気がついた。
 さっきの地図、この「野外音楽堂」でさえ載っていないのである。おかしいだろう!!ちゃんと書いてくれ。目印や施設がさっぱり書いてないなんて、なんのための地図なのかさっぱりわからない。

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 土の道が終わり。舗装された道路へ。もう着いたのか?

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 児童公園らしいものがあった、と思ったら工事中であった。

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 台原駅付近へ到着したようだ。またまた銅像がある。この銅像の後ろ姿は黄昏れていない。
 素敵なヒップ。

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 こっちが正面。ちょっとセクシー。お嬢さん、透けてますよ。


 さて、どうしようかと迷ったあげく、とりあえず別の遊歩道を通って旭が丘駅まで行こうということに。旭が丘駅まで行けば、科学館はすぐである。

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 遊歩道の下に、別の通路が見えた。水辺の道のようだ。水生植物などが植えられている雰囲気である。

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 しばらく行くと看板があった。ゲンジボタルが出るらしい。ほんとに出るのか?

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やっと旭が丘駅に到着。下の子がトイレに行きたいと騒ぐので急いで中に入る。

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 トイレはエレベーターで昇ってすぐ。

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 そのまま旭が丘駅を出て、一路科学館へ。
 青年文化センター前を通り過ぎてずんずん歩く。

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 やっと科学館へ到着。

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 子供たちは「どこでもパスポート」なるものを持っており、入場が無料なので、30分ほど中で遊ばせることにする。
 大人はロビーで休憩することに。

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 このような休憩所があるので座っていられるので楽だ。回りには自販機がたくさん置いてあるのでカフェオレを買ってみた。

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 窓の外はさっきさんざん歩いた森。


 まとめであるが、この「台原森林公園」思ったほど混んでいない。広いせいもあるが、もう少し混んでいるのかと予想していたので、そういう意味では穴場ではないだろうか。
 とくに夏場はおすすめである。何しろ森林公園というくらいで、日陰が多いのだ。そのおかげか、ちょっと涼しい。
 もしも雨が降り出したりしたら、科学館で休むという手もあるし、子連れの外出には持って来いである。
 ただ、東京の砧公園や、代々木公園などを想像すると、面積のわりに広場が少ないと感じるかもしれない。ここは遊ぶ場所も一応はあるが、主に遊歩道散策をする場のようである。
 最後に。科学館で配られる「あの」地図はあまり信用しない方がいいかもしれない。


2009年5月 3日 (日)

花京院界隈(仙台市青葉区)

 花京院。
 なんだか素敵な響きである。

 時は中世。新緑の頃のことであった。
 清らかな遣水の音が、壷庭に面した渡殿まで涼しげに響いている。
 そこでは、裳着を済ませる前の、まだ前髪も上げていない貴族の少女が、女房たちを相手に貝合わせなどをして無邪気に微笑んでいた。
 それを、そっと陰から見守る初老の男......。
 少女の親代わりとして育ててきた花京院である。
 愛欲の限りを尽くし年老いた上皇、花京院が目をつけたのは、若かりし頃自分に性の手ほどきを授けてくれた女の娘である、視線の先にいる少女であった。
 少女の母は、少女が二歳のときにみまかり、上皇はその後、父のところへ行くはずだった少女を、言葉たくみに自分の屋敷へ引き取ったのである。
 その少女の、最近の成長ぶりは目覚ましく、まさにはち切れんばかりの青い橘の実。
 少女を見る花京院の目には、いつしか妖しい光が。そして、ふと、花京院は慌てたように鼻を抑えた。
鼻血である。
(い、いかん。直衣が汚れてしまう)
 花京院は、扇で顔を隠しながら、小走りで西対へと戻って行った。
 そうして、花京院がすべての手はずを整え、夜になって少女のところへ忍んで行ったのは、その晩のことであった......
 眠っていたところに、突然現れた謎の男が、花京院と知ると、少女は泣き叫び、必死に側で寝ているはずの女房たちを呼んだ。
「お、おやめください、花京院さま!いやーっ、誰か来て!」
「怖がることはない、大人しくするのじゃ。わたしは以前から、そなたの成長を楽しみにしていたのだよ....それに今夜は、すべてのものを下がらせておる。ここには、誰も助けになど来ないのじゃ」
「キャーッそんなところ触らないでください!そんないきなり、むっムリですっ、い、痛いっ裂けるっ!!!!いったーーーーい!!!」


 と、まぁ、この話はここまでにしよう。続きを書くのが面倒になってしまった。
 万が一、続きが読みたいと思われた方がいらしたらぜひリクエストを。気が向いたら書くかもしれない。気が向かなかったら書かない。

 というか、実は今回、冒頭で「とはずがたり」の世界を表現しようかと一瞬考えたのだが、書き進めるうちに、なんだかスケベなヒヒじじいと処女の悲惨な初体験になってしまった。「とはずがたり」は一体どこへ行ったのであろうか。それともこれが、わたしの文学的限界であったのだろうか。
 そんなはずはない。いや、いつかきっと、もっとちゃんとした「平安愛欲物語」に挑戦してみせる、とわたしは約束したい。.........ほんとか?

 そんなわけで。
 とんでもなく話がずれてしまっているが、今日のテーマは「花京院」である。
 花京院というと、やはり院つながりで後深草院.......ええ、院しかあっていませんとも。わかっています。
 しかし、地名のイメージはなんだかエッチ.......だからわたしは「とはずがたり」なんかを連想してしまったわけだが.......そんな花京院界隈を、今回は散策してみたので、書き記してみたいと思う。

 この「花京院」界隈は、仙台駅の北側に位置し、現在は再開発が進んで巨大ビルが建ち並ぶ、仙台市中心部を形成する一部である。
 で、この花京院、再開発が行われるまではどういうところだったというと、戦後の混乱期にはいわゆる進駐軍向けの特殊飲食店街、昔風に言うと赤線、青線、そういう場所だったようである。
 しかし、もうすでにその面影は無い....とわたしなどは思ってみたのだが、ゆっくりと歩いて見るとなかなか不思議な場所もまだ存在することを知り、ここにその雰囲気をぜひ紹介してみたいと思う。

 今回、わたしの散歩はアエルから始まった。これは仙台駅西口北側に建つ31階建ての高層ビルである。個人的な好みであるがわたしはこのビルがわりと好きである。ここに行くと、いつも何か買い物をしてしまう。

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 丸善が入っているのは心強い。ここで気に入った本を一冊購入し、

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 このホシヤマ珈琲店でのんびりできれば最高の休日である。

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 が、しかし、このホシヤマコーヒー店はお値段はけっこう高め。一杯1000円くらいからだろうか。なので、そこまで余裕が無い人は同じ階にスタバがあるので、そちらへも行ける。便利だし気が利いてると思う。

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 ちょっとした洋服や雑貨の店も多く、値段も手頃なため、つい購買欲をそそられるが、気をつけなければならないことがひとつ。このアエルは、デパート商品券が使えないのだ。まぁでも、そんなことに気がついていなかったのはわたしだけだろうか。一度、買おうとして困ったことがあるのだ。

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 さて、アエルを出て歩いて行こう。

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 夕暮れの立体交差。正面に見えるのは東北新幹線の線路である。

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 アエルの歩道橋を下りてすぐ。このあたりは道路を広げて間もないのだろうか。工事中の雰囲気が漂っていた。その中でなかなか派手な電飾看板で目を引いていた店。良く読んでみたら麻雀店のようである。

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 夕暮れ時だったので少々写真が暗い。道路左側に立ち並ぶビル。

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 またまたアエルに良く似たビル登場。時代が同じだと見た目が似て来るのは仕方がない、こういうのも流行なのだろう。しかし立派ではあるが個性はあまり感じられない。

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 「花京院スクエア」なるビルのようである。雰囲気的にはオフィスビルというところか。
しかし、看板をみたところ、空きがあるようであった。
 このビル、けっこう庭部分が広く、ベンチなどもある。ランチ時にはここのオフィスで働く人々がここでお弁当を食べたりするのかもしれない。

 先へ行く。

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 テナント募集の看板。最近、こういったビルは本当に良く見かける。仙台は供給過剰なのだろうか。

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 ここは仙台で有名な牛タン屋、「利久」。仙台の牛タンは肉が厚いのが特徴である。名物でもあるので、仙台に訪れたことがある人なら、一度は食べたことがあるのではないだろうか。


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 なんだこれは、と言いたくなるような巨大な像。ヴィーナスか?
 ちなみに、わたしは仙台の区々にある「巨大像」が気になっており、いつかそのことについてはまとめて考察したいと思っている。

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 このビルはつい先日完成したばかり。今はテナント募集中のようである。全部埋まるのだろうか。


 さて、細道に入り込んでみよう。
 明るいきれいな大通りを一歩入ると、そこには唐突にこんな路地が出現する。
 住所を見ると「本町」のようであるが、そこは花京院界隈ということで許していただきたい。

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 ここだけがこんな感じなのである。ある意味、国分町などよりずっとディープである。一見さんお断り風というか、そうでもないのかもしれないが、場所が狭いだけに不思議な光景だ。まさに店がひしめきあっているという風情。

 そしてその奥には。

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 これまたけっこう唐突に、ラブホテルが出現する。
 見たところここ一軒だけである。
 ある意味、立町(仙台でラブホテルがたくさんあるところ)よりもずっと奥深い。
  林立していると逆に何も思わないのだが、こういう風に一軒だけが唐突に出現するとかなり「ぎょっ」とする。

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 この界隈、妙に古いビルが多い。これは、隣のビルが壊されてしまって、ここだけ残っている様な雰囲気であった。大通りにほど近い、便のいい場所である。


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 路地を出る。すると一気にこんな普通の光景。

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 花屋の店先で心が和む。

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 ここが行き着いたところ。駅前通りの終点、定禅寺通の起点であるようだ。

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 角地に建つホテルメイフラワー。

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 来た方を振り向いてみるとこんな風。


 今回は花京院界隈をぶらついてみたのだが、感想はといえば、ひとことで言ってしまえば「不思議なところ」。
 まぁでも、思うのだが、再開発もいいけれど、「赤線・青線保存地&資料館」なども作り、過去の思い出を残しても良いのではないだろうか。
 もちろんそこで営業するというわけではなく(それは国分町で間に合っているだろうし)、「こんなところもあったんだよ」という記録のためにである。
 昔のそういうところって味があって面白いような気がする。
 資料館的に作ってくれるなら足も運びやすいし、ぜひ一度見てみたい。それを参考に小説だって書けそうな気がするのだが。


2009年4月22日 (水)

仙台トラストタワー(ウェスティン仙台、工事中)

 わたしは毎月、仙台市中心部の矯正歯科まで車で通っているのだが、その道筋でとある巨大ビルが建設されているので、以前から注目していた。
 これは「仙台トラストタワー」なる名称のビルであるらしい。

 ここは仙台の私立中学、高校(東北学院。ちなみにミッション系男子校)の跡地である。
 非常にいい場所だったのだが、手狭にでもなったのだろうか、仙石線の小鶴新田駅付近へとお引っ越しをしていった(この小鶴新田というところは、それこそもとは広大な田んぼ地域であったのだが、90年代半ばより区画整理が行われ、現在はものすごいことになっているという噂である。そのうちにきっとわたしも訪れ、リポートを書いてみたいと思っている)。


 さてこの大工事であるが、最初は何をやっているのかわからなかったが(というか、基礎を作っていたのだろう)、最近の進み具合は目覚ましい。どんどん高くなっているように思われる。
 このビル、最終的には高さが180メートルになるらしい。
 これは東北では当然最大、北関東を含めても最大となる大きさだそうである。

 わたしは、雨の中混み合った東二番丁通りをノロノロ運転で進みながら、ほれぼれとその勇姿を拝ませていただいた。ビルと言うのは建設中のその様子さえも美しい。
 ビル建設というのは人間の挑戦であるとしみじみ思う次第である。

 天まで届けとばかりに聳え立つ摩天楼。
 そこから眺める下界は、車も人も蟻粒のようにしか見えない。
 そこで人は何を思うのか。俺はこんなところでは終らないと、さらに昇ろうとするのか。

 ま、しかし、そこのご主人、足を止めて欲しい。
 大抵の高層ビルの屋上には、ダクトやエアコンの室外機やよくわからないタンクのようなものがあるばかりである。昇り切ったところに良いことなどほとんど無いのだ。
 ま、最近の流行で屋上緑化とかしているところもあるかもしれませんがね。
 何もビルを昇り切ってまで自然を堪能せずとも、ここは東北ですから。
 蔵王にでも行きましょうよ。

 そう、上昇志向だけで生きて行っても、行き着く先が屋上で室外機やダクトに囲まれながら.....というのでは仕方がない。
 そこそこのところで楽しむべきだ、そうではないだろうか?

 というか、くだらない前置きがずいぶん長くなってしまったが、何が言いたかったかというと。そう、ビルで重要なのは、屋上などではなく、中間であるということである。というかどうでもよいではないか、屋上のことなど。それに誰も昇るなんて言っていない。

 まぁそんなわけで。
 ずいぶん前置きが長くなってしまったが、このビル、なんと!
 ウェスティンホテルが入ると言うのである!!

 ウェスティンといえば、俗に言うラグジュアリーホテルである。直訳すれば贅沢旅館。まぁなんでも直訳すればいいというものでもないだろうが、雰囲気を感じていただけたのではないだろうか。
 以前、グアムで、わたしはここを利用したことがあるが、なかなか良いホテルであったと記憶している。少なくともイヤな印象はない。子供も預かってもらうことができたし、フロントの人は日本語が話せるし...........ああまた話がずれた。

 要するに、ウェスティンができるんですよ、仙台に。
 言われてみれば、ラグジュアリーホテルというほどのホテルは、確かにこれまで仙台には無かったのかもしれない。ま、楽しみである。

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 雨の日に車の中から撮ったので、フロントガラスの水滴まで一緒に写ってしまっているようだ。申し訳ない。
 しかしビルと言うのはいいね。もう無条件にいい。
 どんなビルにもそれなりの美しさがあるとわたしは思っている。
 新しいビルもいいけど古いビルもいい。
 たくさんあればもっといい。
 コンクリートジャングルは大好きである。

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 ところで、この、ビル工事のときにはかならずお目にかかる屋上の大クレーン、上がるときにはビルと共に上がれるわけだが、最終的にはどうやって下げるのかご存知だろうか?
 これは、ビルが出来上がったら、まず、屋上のものより小さめのクレーンを上げ、屋上の最大クレーンを分解して(あれは分解できるものらしい)下げて行き、そしてすべて下げ終わったら今度はまたそれより小さなクレーンを上げ.....の繰り返しで、最終的にはなんと、人がエレベーターで運んで降りて来るのだそうである。

 それと、ビル工事といえば鳶職の方々である。
 あの高いところで作業するのは、並大抵のことではない。
 ちなみにビルなどの大規模工事をするのは「野丁鳶」で、普通の住宅等の工事をするのは「町鳶」と言われている。
 父の関係の人に、東京のほうの鳶職の親方(社長)がいたのだが、その方は職人を多く抱えているので、常に現金を多く用意しておかなければならないという話を父にしていた。わたしは横で聞いていただけだが、なんとなくその話は印象深く残っている。

 その会社は大きな建設現場や巨大建築物の修理、修復等に職人を派遣しているのところなのであるが、もし万が一何かあったとき(あってはならないことだが)、家族にすぐに見舞金を渡さなければならないということだった。なんでも、鳶職というのは保険には一切入れないのだそうである。

 それに、大概は気っ風のいい鳶職の兄貴とその奥さんは、せっかくの高い手間賃を毎回使い切ってしまっていて貯金など無い場合が多く、なので親方がいざというときには保険屋を代行するしかないのだそうである。今はもう、そういう世界では無くなってしまったのかもしれないが、ちょっと前まではそんな風にやっていたようだ。案外、今もだろうか。

 しかし、あの鳶というのはある種の才能がないとできないだろうと思う。鳶職のお兄さんたちは、ひょいとまたいだら落っこちて死んでしまうようなところで、平気でタバコ吸ったり弁当を食べたりできるのである。バカ話だってしている。
 わたしは超のつく高所恐怖症なので、素直に尊敬してしまう。

 そんなことを思いながら、雨の東二番丁通りで、ビル建設現場を見るともなく見続けていたわたしだった。もっと他に考えることは無かったのか。


2009年4月17日 (金)

茂庭台団地(仙台市太白区)

 昨日わたしは、茂庭台団地へ行って来た。

 ここへは、いつかは行かなければならないと思っていたし、早めに行くべきだとも思っていた。
 仙台の団地を語る上で、けして避けて通れない場所、それが「茂庭台団地」である。
 茂庭台に行かずして、一体人は仙台都市圏の団地の、何を語ると言うのであろうか。

 わたしは家を出るときに、CDを一枚持って出た。
 それは電気グルーヴの「A」である。
 往年の名曲「Shangri-La」を聞くためだ。

 車に乗り込み、わたしはエンジンをかけ、カーナビをセットし、CDの音楽を流し始めた。
 わたしにとっての幻想の団地。
 荒野の果てに忽然と現れ、中空に浮かぶシャングリラ。
 それこそが「茂庭台団地」なのである。

 前置きがつい長くなってしまったが、実は不祥わたくし、茂庭台団地を訪れたことは初めてではない。
 二度ほど訪れ、宿泊したことさえある。

 種明かしをすると、わたしの妹が2年間ほど、この団地のマンションを借りて住んでいたことがあるのだ。
 その頃わたしはまだ東京に住んでいたので、滅多に来ることができず、たまたま来たときには、宿泊させてもらっていたのである。
 妹は「あの」マンション群の中の一室、4LDKの部屋を駐車場2台つきで借りており、そのような良い条件にもかかわらず、なんと家賃は8万円しないくらいであった(駐車場込み)。
 首都圏では考えられないような値段である。
 ちなみに、このマンション、世田谷等の住宅地にあったならば、普通に家賃は25万を越えるはずだ。駐車場など入れたら軽く30万は行くに違いない。もしもっと都心にあったならさらにすごいことになるだろう。
 首都圏と家賃を比べることは意味がないとはわたしも思うが、それでもそう言いたくなるのは、何しろすごいマンション群だからである。

 初めてこの団地を訪れた時の、わたしの衝撃をなんと表現したらいいものか。
しのごの言っても始まるまい。
 何しろ昨日は、山ほど写真を撮って来たので、さっそく見ていただくことにしよう。
 今回は、写真が大きめである。やっと、ココログでの写真アップの方法を理解することができたので、これからはこの大きさでやっていこうと思う。
 写真そのものは、わたしの携帯電話のカメラでの写真なので、大きくしてみるほどのものではないとは思うのだが......

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 国道286号線を行き、東北自動車道の仙台南インターを通り過ぎた頃から、このような感じの道路になる。
 一路、茂庭台へと向かう。


 わかるだろうか。空中に浮かぶシャングリラが。前方の山の上に小さくビルが見えないだろうか。
 あれが茂庭台のシンボル「茂庭アトラスタワー」である。


 しばらく行き、折立方面へ右折すると、間もなく「茂庭台団地入り口」の標識が出る。
そこから、まるで高速のインターにでも入って行く様な感じで、ぐるぐると山を登っていくと、マンション街区の辺りに到着する。
 マンション街区の目の前には、山形県人には大変おなじみのスーパー「ヤマザワ」がある。

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 ちなみに、山形人で、このスーパー「ヤマザワ」を知らない人がいたらそれはモグリである、絶対に。
 とりあえずここに車を駐車することにする。
 今日はここで買い物をして帰るつもりだ。

 ちなみにこの「ヤマザワ」、先日訪れた太白団地の西友よりは、平日の午前中だというのにずいぶんと賑わっている。
 けれど、それもそうかもしれない。太白団地からはイオン等がわりとすぐだが、茂庭台の周辺にはこれ以外にすぐに行けそうなスーパーは存在しない。そのせいかと思う。
 何にしても、団地内のスーパーに活気があるのは良いことだ。

 まずはマンション街区入り口。

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 ダイアシティ2000の文字。なぜ2000なのだろうか。わたしにはわからない。

 バブル期まっただ中、ダイア建設&竹中工務店設計施工の、入魂のマンション群である。
 アトラスタワーは地上33階地下1階。その周囲を囲むように、11階〜14階建ての中高層マンションが林立している。
 1991年から1993年の間に、次々と完成し、販売が開始されたようだ。
 バブル崩壊は1991年とされているが、わたしの記憶では1993年頃まではまだ世の中にはバブルっぽいムードがあった。
 1993年はジュリアナ東京でいわゆるハイパーテクノ(t-99とか、CAN' T UNDO THIS!!等々)がガンガン流され、社会現象になっていた時期である。日本が最後の花火をぶちあげていた時期と言うべきか。
 そんな時期にこの物件は粛々と完成し、販売が開始されたのである。

 そんなわけで、そこそこいい値段で売り出されたこのマンション群、今、一体いくらで売っているのか、みなさんはご存知だろうか。
 なんと、500〜800万円で売りに出ているのである。

 当時、大枚はたいて買った人たちは、それこそ泣くに泣けない、売るにも売れない、そんな状況である。しかも、この物件、最初の段階からすべて完売では無かったのだ。何しろバブルは崩壊してしまっていたのだから。
 ある意味あまりにも時代と合致した、その象徴のようなビル群である。

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 さすがに近くで見ると迫力がすごい。実に勇壮で壮麗な眺めだ。
 この高層ビル、巨大建造物好きの人にはたまらない物件であるだろう。
 何しろ街中と違い静かで人気も少ないので、いくらでも見放題だ。
 こんなところはなかなかあるものではない。

 ちなみにわたしもかなりの「ビル好き」である。
 このマンション群をおかずに、ごはんが食べられるかもしれないくらいだ。
 実に良い感じである。

 このマンション群、何しろ敷地が広いので、いろんなものが内包されている。
 たとえば、マンション街区のところどころに存在する公園など。
 広い場所も有るが、かなり小さい場所に遊具がひとつだけおいてあるなど、一体どうやって遊ぶのかと思うような公園もある。


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 中央管理センターなる建物。わたしが妹の部屋にいたときに驚いたのは、マンションの各部屋のインターホンがここと繋がっていて、例えば「落とし物の連絡」「迷子の連絡」等がいきなり聞こえて来る、ということだった。大規模マンションに住んだことが無かったわたしは、そういうシステムが世の中にあることを知らなかったのだ。
 確かにこれだけ規模が大きいと、こういったシステムが必要なのかもしれない。ちょっといきなりだとびっくりするけれど。

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水路のようなものが敷地内にあるのだが、すっかり枯れている。


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ハープの広場なるものがあったが、入ってみたらベンチがあるだけだった。


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モクレンの花と地面に落ちた花びら。桜の時期で目立たないが、こうやってみると清楚で美しいと感じた。マンション群によく似合っている。


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 この茂庭台団地、マンションばかりではない。 
 市が公費を投入して大々的に造成した団地であるから、市営住宅ほか市の施設はなかなか充実している。
 それに、団地内のほとんどは戸建て住宅で埋め尽くされている。
 ちなみにこれらの住宅を買った人々も、高い値段で住宅を購入してしまったため、おいそれとよそへ行くことも出来ず、団地は年々高齢化していっている。

 公共交通機関だが、この団地はバスしかなく、わたしがバス停で確認したところ、なんとほとんどのバスが一時間に一本だけであった。

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 しかし、考えてみよう。こんなに公共の交通機関の無い山の上に、市は最初から団地の計画などするだろうか?それにこの団地の人々は、それを承知の上でこの場所に終の住処を高い値段で購入したのだろうか?
 もちろんそんなわけはない。ちゃんとこの話には裏がある。

 古くからの仙台人なら良く知っていることだが、わたしのようなよそ者には非常に不可解なこの状況、理由を調べてみたらちゃんとあるのだった。
 なんとこの団地、もともとは市が「モノレールを通す」と言っていた場所なのだ。
 こんな辺境の地にモノレール!と今となっては思ってしまうが、当時の仙台市は大真面目だった。
 何しろ景気が良かったときの構想だ。いい気になって大計画をぶち上げてしまったのだろう。が、しかし、バブルが終焉すると、仙台市は手のひら返したように「採算が取れないから」というしごくごもっともな理由でモノレール計画を頓挫させたのであった。
 なんと見事な計画倒れ。
 「信念を持った漢はいなかったのか」わたしはついそう思ってしまったが、まぁ、無い袖は振れまい。
 で、モノレールが通らない今、公共交通機関はバスのみで、しかもそれは一時間一本なのである。

 まぁでも、ここで暮らしていた妹に言わせると、車さえ持っていれば特に困ることは無かったとのこと。バスは一度も利用したことが無かったそうだ。
 物件のグレードのわりに家賃が安いのでそういう意味では非常にお得だそうである。眺めも当然ながら非常によいそうだ。ただ、山なので朝は霧が出るとのこと。さてどうする、そこの人。


 マンションのすぐ隣に小学校がある。裏門のようだが、外を歩くこと無くすぐ学校へ入ることができる。物騒な事件の多い昨今、これなら親は安心である。
 この「茂庭台小学校」は、開校が昭和60年(1985年)開校、1996年に児童数が1000名を越えたが(ちょうどマンション街区ができて、分譲が行われ2、3年経った時である)現在の児童数は茂庭台小のHPによると446名だそうである。
 
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 マンション街区のすぐ後ろは市営住宅である。

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 近くに公園があった。わりと広い。「茂庭台四丁目公園」だそうだ。

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 ここで、可愛いものを見つけてしまった。 
 人っ子一人いない公園のベンチ。
 見えるだろうか。

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 そっと近づいてみた。

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 なんと二匹いる。
 人気のない公園で、肩を寄せ合っている猫たち。

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 近づきすぎたのか、二匹はゆっくりと歩いて行ってしまった。
 ご夫婦であろうか、大変仲の良い雰囲気であった。
 ぜひ見習わねばなるまい。
 望遠レンズがあったらとつい思ってしまったが、まぁ、無い袖は振れないわけである。
 それにわたしに望遠レンズなど、猫に小判ブタに真珠二階から目薬みたいなものであろう。ちょっと違うか。

 団地内の幼稚園&保育園。子供たちの元気な歌声が響いていた。

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 ところで、しまっている店が多いと感じたのだが。


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 この日休みだっただけなのか、閉店しているのかはわからなかった。

 こんな看板を見つけた。


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 現在地を確認すると、道路向かいにはセブンイレブンがあるはずなのだが、

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 ここは閉店しているようだ。売却の札がついている。いくらで売っているのだろうか。

 その他、歯医者と床屋を見つけたが、こちらは普通にやっているようだった。

 一戸建ての住宅街へ行って見ることにした。

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 静かな住宅街である。
 杉林に囲まれていた。

 散歩しているうちに、こんなものを見つけた。水道局の看板である。

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 近づいてみると、がけのように急な上り坂に、コンクリに鉄パイプの階段が設置されている。
 ドキドキしてきた。
 これは、「タンク山」ではないだろうか。
 少し怖いような気もしたが、明るい昼間、それも午前中である。勇気を出してのぼってみた。

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 結構急な階段で、普段あまり運動をしないわたしは息が切れてしまった。
 上がって行くと、向うに何やら建物が見えた。

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 上手く言えないが「ちょっとヤバい」ような気がした。

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 一応、上り詰めたところ。
 このさらに上が頂上だ。

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 ここが頂上。平になり、向うに水道局の白い建物が見える。
 何も無い。ただこれだけ。
 酒鬼薔薇聖斗はいないようである。
 
 しかし、こんなところへ一人きりで行ったことがバレたら、夫に叱られそうな気がする。
 さっさと下ることにした。

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団地がよく見渡せた。手前の桜が満開できれいであった。

下り切ると、マンション街区の方へ戻ることにした。
そうしたら、見つけてしまった。

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蕎麦屋である。
実は昨日、わたしは朝から蕎麦な気分であった。
しかも、看板には石臼で引いた玄そばに手打ち、と書いてある。
これはもう入ってみるしか無い。
11時過ぎであったが、ちょっと早い昼食を取ることにした。

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 清潔で落ち着いた店内。ざるそばを頼んだ。
 手打ちのコーナーがあり、本格的だ。

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 当たりである!
 ちょっと驚いた。
 何しろ閉店している店が多かったので、食事をするところなどないのだろうなと悲観的になっていたのだ。
 愛想のいい奥さんが、ひとりきりのわたしに気を使ってか話しかけてくれたので、ついでに話をきいてみることにした。

 この店、4年前からオーナーが代わり、リニューアルしたのだそうだ。
 ご主人は、趣味が高じて定年後に店を始めた方らしい。夫婦で泉区から引っ越して来たそうで、随所にこだわりが感じられた。
 何しろそば粉を使わず玄そばを、しかもその日によってブレンドを変え、石臼で挽いて粉にしているのだ。
 細いのだがコシのある麺で、聞いて見たところそば粉とつなぎはトイチの割合だそう。
 だから細くても食べごたえがあるのだ。

 そして、食べ終わった頃、「口直しに」と、デザートが運ばれて来た。

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 これは、「まんじゅうの天ぷら」だそうである。
 あげまんじゅうのようなものなのかと思い、口に運んでみると、これが全然違う。
 揚げたてなので、外側はカリッと、中のまんじゅうは柔らかいのだ!
 すっかり感動してしまった。
 
 こうなってくると、一体何をしに茂庭台まで来たのかわからなくなってしまった。ちょうどお昼も過ぎたので、ヤマザワで買い物をして帰ることにした。

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 帰り道、来た時と同じようにぐるぐると団地を下っていくとと、なんだか不思議な感じがした。
 なんだかふわふわしている気がするのだ。

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 286号に出るまでの車窓である。
 標識を見ると、仙台市街地まで13キロとあった。
 実際は、茂庭台はそんなに遠いところでもなく、もちろん通勤圏である。
 

 茂庭台に行った感想、のようなものは無いと言えば無い。
 体の中には不思議なざわめきが残った。
 信号待ちの時、ふと振り返ると、やはりそこには中空の団地があった。
 カーステレオからは「Shangri-La」が流れていた。

 
 「茂庭台団地」は陸の孤島ではない。空の孤島なのだ。
 もしここにモノレールがあったら、それはきっと美しい眺めだったに違いない、とわたしはふと思った。


 ところで全く関係ないが、この「仙台団地萌え」のテーマ曲は電気グルーヴの「Shangri-La」に決定した。わたしにとって団地は正にシャングリラであるからだ。
 これから毎回、このブログを読んでいる人はぜひCDを引っ張り出してきて、もしなければどこかから持って来てでも、ぜひ聞きながら読んで欲しい。
 
 と、書いても、誰もそんなことしないと思うが。


«素敵な廃墟(仙台市若林区荒町)

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